撮影済みのフィルムが四本溜まっていたからまとめて現像に出すと朝食の写真がたくさんあった。
休日の朝食をとても大事にしている。四六時中家にいるこの生活でも、それでも週末の朝食はいささか良い気分になる。
天気が良ければ山下達郎のレコードを聴く。窓から向かいの古ぼけたマンションのベランダで干されている、祖母が出してくれるようなぺたんこで重い変な柄の毛布を眺めて笑おう。
そろそろ淹れるコーヒーも冷たいのが飲みたくなってくる頃だ。
ソーセージには細い切れ目を入れないとね。
身体をある程度健康に保つ為なら、食事なんてあれやこれや混ぜたり捏ねたり複雑な味になんてしなくて良さそうだが、『気持ち』という見えないくせに体を生かしも殺しもする、大きな機能があるが故に料理というものがあるのだろう。
だから皆んなで食べると美味しいね、という言葉も納得がゆく。きっとその言葉が聞こえる場所にある料理はチーズたっぷりのピザでも、キャベツしか入ってない焼きそばでも、なんだっていいのだ。
子供の頃に祖父母に連れて行ってもらった京都の料亭で、初めて口にした土瓶蒸し。北京ダックのテカテカ光る茶色い皮に、白い砂糖をたっぷりかけたの。小学3年生の時に友達の上田さんちに遊びに行った時に、知らないの?と言って得意げに作ってくれた白ごはんにバター、鰹節、醤油で食べた猫まんま。
どの料理もまず最初に見てびっくりしたものだ。小さな湯呑みに注がれるやたらにいい香りの汁、恭しく白い手袋に握られるナイフ、おばちゃんにバレないようにこっそりご飯にバターを落とす上田さんの手。瞬きもせず見つめた。それをそうしてそれに…!?美味しくて美味しくて、舌から脳にほんの少し遅れて伝わるあの痺れ。今同じものを食べてもあそこまで感動できないのが心底惜しい。
料理には思い出もあるんだな。
あの時食べたあれ、覚えてる?美味しかったーー!また食べたいね。
凄い、、、、料理。
食べる事ばかりの頭で何が悪い。
豊かな人生のため、邁進するのみ、進め食いしん坊!